活動報告
横山えみの災害緊急リポート
2011年3月27日(日)
2011年3月11日発生の東日本大震災により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

思いもよらぬマグニチュード9.0という千年に一度と言われる大災害に、人間の想像をはるかに超えた大自然の威力を見せつけられました。被災地の皆様のご健康と一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。全てが想定外の災害に驚くとともに、杉並区がこのままの防災体制で見直す必要がないのか?私たちにできることは何か?そんな疑問がよぎりました。



被災地の現場を視察

とにかく現場を見てこよう!複雑な思いを抱えて東京から近い千葉県の旭市と浦安市、そして福島県の方々が非難している味の素スタジアムへ行ってきました。

浦安市では液状化により地盤沈下し地面は分断され、マンホールが1mも飛び出した光景、電信柱が倒れかかり、道路はゆがみ、住宅が傾き、電話ボックスも倒れそうというありさまに、息をのむばかりでした。

そしてさらに目を疑い唖然としたのが、千葉県旭市の土台だけを残し津波に家をさらわれた地域でした。そこはすでに瓦礫がかたずけられ、まるでこれから家を建てる分譲地のようにきれいに更地になっている光景でした。近くの飯岡体育館のグラウンドには瓦礫の山が積まれていました。壁をはがし風呂桶をひっくり返した家、厚いコンクリートの護岸が引き裂かれている光景など、自然の力の前に立ちすくむばかりでした。



命を救った1本の電話

そんな中で、ようやくつながった「津波が来る!逃げて!」という身内からの1本の電話で九死に一生を得た中高年尾女性の話をくくことができました。いつもなら津波が来るといっても数十センチでたいしたことがないので、これまで逃げたことがなかったそうでが、今回はその電話のおかげで逃げることができ、命が助かったとのことでした。しかし、2メートル半のの津波は自宅の1階部分を根こそぎ破損し、全てが濁流にのまれたのでした。両隣の家は流されていました。
また、津波が来るとの警報に、高齢者を背負って逃げたという若者や中高年の男性の方々にも出会いました。



高齢者や病人を災害からどう守るのか

思わぬ災害に出会った時、高齢者や病人、障害のある方々などすべての人をどう守り、助けるのか。これが最大の防災の課題だと感じました。

調布の味の素スタジアムは、原発からの放射線被ばくから避難されてきた方々でいっぱいでした。目に見えない放射能の恐怖を背負い、いつ我が家に帰れるとも予測のつかない事態に誰もが不安にかられていました。その一角で子どもが遊んでいる姿をみかけたので、私は思わず近寄り絵本の読み聞かせをし、一緒に歌いながら手遊びをしました。子どもたちの無邪気な声が天井に響き渡りました。この子どもたちがいつも笑顔でいられる平和で安全な国でなくてはならないと、強く感じた一日でした。

子どもたちの笑顔を守るのが私の使命

私たち杉並区でいつ想定外の災害に遭遇するか誰もわかりません。そのもしもの想定外の災害の備えをするのが、行政であり、政治であると思います。
今回の大災害では、自治体によっては庁舎や職員も被災して機能不全に陥っているところも数多くあります。万が一庁舎が機能不全となってもすべての人がお互いにすべての人を守り合える地域・杉並にしたいというのが私の願いであり、誓いです。赤ちゃんから高齢者までの笑顔を守るために、千年に1度という大災害契機にもう一度身の回りの防災について見直していきたいと思います。


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